役員報酬を上げるたびに、社会保険料も重くなっていく。しかも払った分ほど年金で戻ってくる実感がない。そう感じている社長に向けた記事です。
この記事では、社会保険料が「毎月の報酬」と「賞与」で計算のしかたが違うこと、そのしくみを法律に沿って使う「事前確定届出給与」とは何か、そして見落とされやすいデメリットまでを、2026年10月時点の制度で整理します。
違法・グレーな方法の話ではありません。法人税法と健康保険法・厚生年金保険法に書かれているルールの話です。
結論:先にお伝えしたい3つのこと
- 社会保険料は、毎月の報酬と賞与で上限のかかり方が違います。厚生年金の賞与は1回150万円、健康保険の賞与は年度の累計573万円が上限です。
- 年収が同じでも、受け取り方で保険料は大きく変わります。役員報酬1,800万円の試算では、労使合計で年約206万円の差になります(前提条件は後述)。
- ただし「得」だけではありません。将来の年金、役員退職金の目安、傷病手当金が小さくなり、届出どおりに払えなければ損金になりません。税金も一部増えます。
しくみ:社会保険料は「毎月の報酬」と「賞与」で別々に計算される
毎月の報酬には「標準報酬月額」の上限がある
健康保険と厚生年金の保険料は、実際の給与額そのものではなく、給与を一定の幅で区切った「標準報酬月額」に保険料率をかけて計算します。この標準報酬月額には上限があります。
| 区分 | 毎月の報酬(標準報酬月額) | 賞与(標準賞与額) |
|---|---|---|
| 健康保険 | 上限 139万円(第50等級) | 年度(4月〜翌3月)の累計で573万円が上限 |
| 厚生年金 | 上限 65万円(第32等級) | 1回(同じ月は合算)150万円が上限 |
標準賞与額は、税引き前の賞与から1,000円未満を切り捨てた額です(日本年金機構)。
「賞与」にあたるのは年3回までの支給
健康保険法・厚生年金保険法では、労働の対価として受けるもののうち、3か月を超える期間ごとに受けるものを「賞与」、それ以外を「報酬」と定めています(健康保険法第3条第5項・第6項、厚生年金保険法第3条第1項第3号・第4号)。日本年金機構も、年4回以上支給されるものは標準報酬月額の対象になる「報酬」として扱うと説明しています。名前を「賞与」にしても、年4回以上払えば毎月の報酬と同じ扱いです。
役員の賞与を経費にする方法が「事前確定届出給与」
法人税では、役員への給与は原則として次の3つのどれかに当てはまらないと、損金(法人税の計算上の経費)になりません(法人税法第34条第1項)。
- 定期同額給与:毎月同じ額を払う、いわゆる役員報酬
- 事前確定届出給与:あらかじめ「いつ・いくら払うか」を決めて税務署に届け出たうえで、そのとおりに払う給与
- 業績連動給与:主に上場企業などが対象で、中小企業ではほとんど使われません
社長に賞与を払って経費にするには、事前確定届出給与として届け出て、届け出たとおりに払う必要があります。
試算:役員報酬1,800万円で、年約206万円の差
年収は同じ1,800万円のまま、受け取り方だけを変えた場合の社会保険料(会社と本人の合計)を比べます。
試算の前提条件
- 協会けんぽ富山支部の令和8年度の料率:健康保険9.59%+介護保険1.62%+子ども・子育て支援金0.23%=11.44%
- 厚生年金保険料率18.3%
- 社長は40歳以上65歳未満(介護保険料の対象)
- パターンB:毎月の報酬10万円×12か月+事前確定届出給与1,680万円を年1回(同じ年度内)支給
- 1年分の比較。端数処理や労使折半の細かい計算は省いています
- 会社だけが負担する「子ども・子育て拠出金」(0.36%)は含めていません。含めると差はさらに約1.8万円広がります
| 項目 | A:毎月150万円×12 | B:毎月10万円+賞与1,680万円 |
|---|---|---|
| 健康保険の対象額 | 139万円×12=1,668万円 | 9.8万円×12+573万円=690.6万円 |
| 厚生年金の対象額 | 65万円×12=780万円 | 9.8万円×12+150万円=267.6万円 |
| 社会保険料(労使合計・年) | 約333.6万円 | 約128.0万円 |
| 差 | 約205.6万円(約206万円)。会社と本人でおよそ半分ずつ | |
差が生まれる理由は、賞与にかかる上限(厚生年金150万円、健康保険573万円)を超えた部分に保険料がかからないためです。
毎月の報酬を下げる幅で、効果は大きく変わる
同じ前提で、毎月の報酬の額を変えると差は次のようになります(年収1,800万円の場合)。
| 毎月の報酬 | 差(労使合計・年) |
|---|---|
| 10万円 | 約206万円 |
| 30万円 | 約133万円 |
| 50万円 | 約62万円 |
また、年収600万円の社長が毎月10万円+賞与にした場合の差は約61万円です。年収が厚生年金の上限(月65万円)に近いか、それを超える社長ほど差が大きくなります。
手取りの改善は「206万円」より小さくなる
ここは正確にお伝えします。社会保険料が減ると、本人は社会保険料控除が減るため所得税・住民税が増え、会社は経費(会社負担分の社会保険料)が減るため法人税が増えます。実際に手元に残る効果は、社会保険料の差から税の増加を差し引いた額です。いくらになるかは、本人の所得と会社の利益で変わります。
どんな会社・社長が当てはまるか
- 役員報酬が月65万円(厚生年金の上限)前後か、それ以上の社長
- 毎年安定して利益が出ていて、決めた時期に決めた額の賞与を払える会社
- 生活費を毎月の報酬に頼らなくてもよい社長(資産や家族の収入などがある)
- 役員が複数いて、役員ごとに受け取り方を見直す余地がある会社
反対に、業績が年によって大きく動く会社や、毎月の報酬で生活費や住宅ローンを払っている社長は、慎重に考える必要があります。
注意点・デメリット(必ず確認してください)
1. 届出どおりに払えないと、損金にならない
届出の期限は、原則として次のいずれか早い日です(法人税法施行令第69条第4項、国税庁タックスアンサーNo.5211)。
- 株主総会等の決議の日(職務の執行を開始する日がその後なら、その開始の日)から1か月を経過する日
- その会計期間の開始の日から4か月を経過する日
申告期限の延長の特例を受けている法人、設立したばかりの法人、臨時改定事由がある場合などは、別の期限になります。
届出と違う額を払うと、多く払っても少なく払っても、事前確定届出給与には当たりません。国税庁の質疑応答事例では、複数回の支給のうち1回でも定めどおりでなければ、原則としてその職務執行期間の支給額全額が損金不算入になるとしています(ただし、翌事業年度の支給だけが定めと違った場合は、その分だけを損金不算入とする扱いもあります)。「資金繰りが苦しいから少なめに払う」ができないのは大きな制約です。なお、届出どおりにしなかった役員がいても、他の役員の分は影響を受けません。
2. 将来の老齢厚生年金が少なくなる
老齢厚生年金(報酬比例部分)は、標準報酬月額と標準賞与額をもとに計算されます。上の試算では、厚生年金の対象額が年780万円から267.6万円に減ります。平成15年4月以降の期間の計算式(1,000分の5.481)で目安を出すと、この受け取り方を1年続けるごとに、将来の年金額が年約2.8万円少なくなります。10年続ければ年約28万円です。
一方、65歳以降も役員として働く場合は、毎月の報酬が低いほど在職老齢年金で年金が止められにくくなる面もあります。年齢によって向き不向きが分かれます。
3. 役員退職金の目安が下がるおそれ
役員退職金の適正額は、一般に「最終の月額報酬×在任年数×功績倍率」で考える方法(功績倍率法)がよく使われます。退職が近い時期に毎月の報酬を大きく下げると、この目安となる額も下がります。退職金の準備と合わせて考える必要があり、60代の社長ほど重要な論点です。
4. 傷病手当金・出産手当金も小さくなる
健康保険の傷病手当金は、標準報酬月額をもとに計算されます(健康保険法第99条)。毎月の報酬が10万円なら、病気で休んだときの保障もそれに見合った額になります。賞与は計算に入りません。
5. 毎月の資金繰りと住民税
毎月の手取りが少なくなる一方、所得税・住民税は年収1,800万円に見合った額がかかります。住民税は前年の所得で決まるため、毎月の給与から差し引く住民税が、月々の報酬を上回ることもあります。生活費の流れを先に組み立てておく必要があります。
6. 定期同額給与のルールは変わらない
毎月の報酬は、原則として事業年度の途中で自由に変えられません。見直しは、事業年度開始から3か月以内の改定など、決められた時期に限られます。決算が終わってから「今年は賞与にしよう」とはできません。
2027年9月からの変化:厚生年金の上限が段階的に上がる
2025年6月に成立した年金制度改正法(令和7年法律第74号)により、厚生年金の標準報酬月額の上限は、2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円へ段階的に引き上げられることが決まっています(厚生労働省)。
毎月高い報酬を受け取っている社長ほど、これから厚生年金保険料が上がります。報酬の受け取り方を考え直すきっかけになります。
今やるべきこと:まず確認したい5つのポイント
- 自分の標準報酬月額を知る:毎月の報酬が、健康保険・厚生年金の上限にどれだけ近いか、超えているか
- 次の役員報酬を決める時期を確認する:決算月と定時株主総会の日。届出の期限はここから決まります
- 賞与を約束どおり払えるかを見る:過去3期の利益と資金繰りの波
- 年金・退職金への影響を数字で比べる:退職予定の時期、65歳以降も働くかどうか
- 顧問の税理士さん・社労士さんと同じ数字を見る:税は税理士さん、社会保険は社労士さんの領域です。両方をまたぐ論点なので、片方だけで決めないことが大切です
具体的な額や時期の決め方は、会社の利益・社長の年齢・家族の状況によって答えが変わります。一般論だけで決めず、自社の数字で試算してから判断してください。
まとめ
- 社会保険料は、毎月の報酬と賞与で上限のかかり方が違い、受け取り方で保険料が変わります。
- 事前確定届出給与は法人税法に定められた制度で、届け出たとおりに払うことが条件です。
- 年収1,800万円の試算では労使合計で年約206万円の差が出ますが、税の増加、年金・退職金・傷病手当金の減少もあわせて比べる必要があります。
- 税と社会保険の両方にまたがるため、税理士・社労士と連携して判断するのが安全です。
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この記事の時点と注意書き
この記事は2026年10月28日時点の法令と公表資料にもとづいています。保険料率は協会けんぽ富山支部の令和8年度の料率(健康保険料率は令和8年3月分から、子ども・子育て支援金率は令和8年4月分から)を使っています。加入している健康保険組合や都道府県によって料率は異なります。試算は制度のしくみを示すための概算で、端数処理や個別の事情は考えていません。実際の判断は、税理士・社労士と確認してください。
参考資料
- 国税庁 タックスアンサーNo.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm - 国税庁 C1-23 事前確定届出給与に関する届出
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/hojin/annai/5104.htm - 国税庁 質疑応答事例「定めどおりに支給されたかどうかの判定(事前確定届出給与)」
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/11/16.htm - 国税庁 質疑応答事例「届出書の記載額と異なる支給をした場合の取扱い(事前確定届出給与)」
https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/11/13.htm - 日本年金機構 厚生年金保険の保険料
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/hoshu/20150515-01.html - 日本年金機構 賞与にかかる保険料はどのように計算するのですか
https://www.nenkin.go.jp/section/faq/kounen/hokenryo/shoyokeisan.html - 協会けんぽ 令和8年度の都道府県毎の保険料率
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/about/business/insurance_rate/rate_prefectures/r08/index.html - 厚生労働省 厚生年金等の標準報酬月額の上限の段階的引上げについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00024.html
執筆:株式会社アクアライフ 代表取締役 茶谷清士/税理士と社労士の隙間を埋める手取り最大化コンサルタント
※本記事は一般的な制度の解説です。個別の税務判断は提携税理士、社会保険の手続きは提携社労士と確認のうえ実施します。