「会社にお金はあるのに、自分に移そうとすると税金と社会保険料で大きく目減りする」「役員も入れる企業年金があると聞いたが、本当に得なのか」。利益の出ている会社の社長に多い悩みです。
そう感じている社長は少なくありません。報酬で受け取ると、高い税率がそのままかかるためです。
この記事では、はぐくみ企業年金のしくみと税・社会保険の扱い、どんな社長に合い、どんな社長に合わないのかを、2026年11月時点の情報で整理します。
結論:先にお伝えしたい3つのこと
- 「非課税で移せる」は半分だけ正しい説明です。掛金の段階では課税されませんが、受け取るときに、退職所得や雑所得などとして課税されます。実態は「課税の時期と形を変える」しくみです。
- 報酬の高い社長ほど、社会保険料はあまり下がりません。月150万円の社長が月30万円を掛金にしても、厚生年金保険料は変わらないことがあります。効果の中心は所得税・住民税です。
- 最大の注意点は「引き出せないこと」と「報酬が下がること」です。在職中は自由に引き出せず、役員退職金の目安にも影響するおそれがあります。
はぐくみ企業年金のしくみ
制度の位置づけ
はぐくみ企業年金は、福祉はぐくみ企業年金基金(厚生労働大臣認可番号:関基第016408号)が運営する制度で、2018年に設立されたと案内されています。法律上は確定給付企業年金法にもとづく企業年金(DB)で、特別な節税商品ではありません。
確定給付企業年金の加入者は「実施事業所に使用される厚生年金保険の被保険者」です(同法第25条第1項)。役員も厚生年金に加入していれば対象になり得るため、代表取締役などが入れない中小企業退職金共済との違いとして注目されています。
主な内容(公開されている解説にもとづく)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 掛金 | 月1,000円から1,000円単位。上限は月額の給与・役員報酬の20%または40万円の低い方(古い解説の100万円は現在の上限ではありません) |
| 加入できる人 | 70歳未満の厚生年金の被保険者(役員を含む) |
| 導入できない例 | 役員のみの法人(原則)、設立1年未満の法人、債務超過の法人、就業規則や賃金規程のない法人など |
| 掛金の変更 | 原則年2回まで。役員は年1回と案内されています |
| 費用 | 導入費は最低30万円で人数に応じて増え、事務費は1人月410〜490円が目安(民間の解説による) |
| 受け取り | 加入20年以上で年金または一時金。それ未満は脱退一時金 |
20%の基準を「給与」と書く解説と「基本給」と書く解説があるなど、資料により表現に差があります。導入を判断する際は、基金の最新の規約と案内で確認してください。
掛金が個人に移る流れ
多くの場合は、給与や役員報酬の一部を掛金に振り替える形で使われます(選択制)。報酬を減らし、同じ額を会社が掛金として基金へ支払います。会社から出る額はほぼ同じで、受け取る「形」が変わります。
税と社会保険の扱い(法的根拠)
| 場面 | 扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 会社が掛金を払う | 損金に算入 | 法人税法施行令第135条 |
| 掛金を払った時点の個人 | 給与として課税されない | 所得税法施行令第64条など |
| 年金で受け取る | 公的年金等の雑所得 | 所得税法第35条 |
| 退職を理由に一時金で受け取る | 退職所得とみなされる | 所得税法第31条 |
| 積立金への課税 | 原則1%の特別法人税は、2029年3月31日までに開始する事業年度は停止中 | 租税特別措置法第68条の5 |
国税庁の案内は「使用人」を例に説明しています。役員の掛金も同様に扱う前提で解説されるのが一般的ですが、個別の適用は税理士と確認が必要です。
社会保険料は、掛金そのものが差し引かれるのではありません。厚生年金保険法の「報酬」は「労働の対償として受ける全てのもの」(第3条第1項第3号)で、振り替えによって報酬が下がると、標準報酬月額(保険料の計算の基準)も下がることがあります。選択制の掛金について、厚生労働省の部会資料には、賃金に当たらないため社会保険料等の算定対象とならないとの整理があります。ただし日本年金機構の明文の案内は確認できず、同じ議論では選択制への指摘や説明のあり方の見直しも示されています。導入前に社労士と確認し、今後の動きにも注意が必要です。
試算:月150万円の社長が月30万円を掛金にすると
報酬月150万円(年1,800万円)の社長が、上限の月30万円(20%)を掛金にした場合の概算です。
| 項目 | 年間の変化(概算) |
|---|---|
| 厚生年金保険料 | 変わらない(月120万円でも上限の65万円を超えているため) |
| 健康保険料など(本人) | 約12万円減 |
| 所得税・住民税 | 約152万円減 |
| 受け取る現金 | 約196万円減(360万円減らして、税・保険料が約164万円減) |
| 年金の積立 | 360万円増 |
| 会社の負担 | 社会保険料が約12万円減(ほかに事務費) |
報酬なら手元に約196万円残るお金が、360万円のまま積み上がる形です。ただし受け取り時の税を含まない数字で、すぐには使えません。
前提:協会けんぽ富山支部の令和8年度の料率(健康保険9.59%+介護保険1.62%+子ども・子育て支援金0.23%)、社長は40歳以上65歳未満。健康保険の標準報酬月額は139万円から121万円へ。税率は所得税33%に復興特別所得税を加えた33.693%+住民税10%。ほかの控除は考えていません。掛金の上限の基準は報酬の20%として計算しています。
どんな会社・社長が当てはまるか
| 検討の余地がある | 慎重に考えたい |
|---|---|
| 毎年安定して利益が出ている 当面使わない個人資金を長く積み立てられる 従業員がいて、福利厚生としても説明できる 所得税率が高い |
役員のみの法人 資金繰りに余裕がなく掛金を続けられない 数年内に個人の資金が必要 毎月の報酬をすでに低くしている(掛金の上限も小さい) |
従業員10人未満の会社でも検討はできますが、導入費や手間に見合うかは掛金の額で変わります。
注意点・デメリット
- 在職中は自由に引き出せません。受け取れるのは退職、休職、育児・介護休業などに限られると説明されています。単に資金が必要という理由での解約や、掛金をゼロにして中断することはできないとする解説もあります。受給権は譲渡も担保にすることもできません(確定給付企業年金法第34条)。
- 役員退職金の目安が下がるおそれがあります。功績倍率法は「退職直前の報酬×在任年数×倍率」で考えます。報酬月150万円が120万円になり、在任30年・倍率3倍と仮定すると、目安は1億3,500万円から1億800万円へ、2,700万円下がります。掛金を含めて考えてよいかは、明確な基準が確認できません。引退が近い社長ほど順番が重要です。
- 報酬の変更は定期同額給与のルールの中で行います。原則として期首から3か月以内の改定です(法人税法第34条第1項第1号、同施行令第69条)。期中に都合よく増減はできません。
- 退職金と同じ年の一時金は、退職所得として合算されます。退職所得控除の枠を分け合うため、受け取る時期の設計が必要です。退職以外の理由で受け取ると、所得区分が変わることがあります。
- 将来の給付も減ります。標準報酬月額が下がると、厚生年金や傷病手当金が小さくなることがあります(厚生年金の上限は月65万円で、2027年9月から段階的に75万円まで上がります)。従業員は雇用保険の給付にも影響します。
- 「元本保証」の中身を確認してください。運用で不足が出たときは事業主が補てんすると説明されています。リスクは消えるのではなく、会社に移ります。利率も低い水準で、大きな運用益は期待しにくい制度です。事業所が脱退するときの負担も規約で確認してください。
- 会社の手間が増えます。就業規則や賃金規程の整備、従業員への説明が必要で、準備に4〜6か月程度かかると案内されています。
- ほかの年金制度との関係も確認が必要です。iDeCoや企業型DCは、確定給付企業年金の「他制度掛金相当額」が枠に影響します。枠は2026年12月に見直されます。
関連記事「役員賞与で社保を下げるデメリット|将来の年金・傷病手当金・退職金への影響」でも、同じ考え方を数字で整理しています。全体像は関連記事「社長の手取りを増やす5つのレバー|役員報酬・社保・退職金・自社株・保険」をご覧ください。
今やるべきこと:まず確認したい5つのポイント
- 10年以上使わなくてよい個人資金がいくらあるか
- 今の報酬が、厚生年金と健康保険の上限のどこにあるか
- 引退の時期と、役員退職金の目安・支払い原資
- 役員以外の加入対象者と、就業規則・賃金規程の整備状況
- 次に報酬を改定できる時期(決算月と定時株主総会)
まとめ
- はぐくみ企業年金は、役員も加入できる確定給付企業年金です。掛金の段階では課税されず、受け取るときに課税されます。
- 報酬の高い社長の効果の中心は税で、社会保険料は思ったほど下がりません。
- 引き出せない期間、退職金の目安、積立不足の負担まで含めて比べることが大切です。
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この記事の時点と注意書き
この記事は2026年11月6日時点の法令と公表資料にもとづいています。制度の細部は基金の規約が基準で、規約の原本は確認できていないため、掛金・費用・受け取りの条件は公開された解説にもとづく説明です。保険料率は協会けんぽ富山支部の令和8年度の料率で、加入先によって異なります。試算は制度のしくみを示すための概算で、特定の制度への加入を勧めるものではありません。実際の判断は、税理士・社労士と確認してください。
参考資料
- e-Gov法令 確定給付企業年金法
https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000050 - e-Gov法令 厚生年金保険法
https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000115 - 国税庁 タックスアンサーNo.5231 確定給付企業年金等に係る課税関係
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5231.htm - 国税庁 タックスアンサーNo.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm - 国税庁 タックスアンサーNo.1600 公的年金等の課税関係
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1600.htm - 国税庁 タックスアンサーNo.5211 役員に対する給与
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm - 日本年金機構 厚生年金保険の保険料
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/hoshu/20150515-01.html - 協会けんぽ 令和8年度 富山支部の保険料額表
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/shared/hokenryouritu/r8/ippan/16toyama.pdf - ベター・プレイス はぐくみ企業年金サービス(基金の加入促進の案内)
https://bpcom.jp/services/hagukumi/ - ベター・プレイス はぐくみ企業年金ナビ
https://bpcom.jp/hagukumikikin/ - LivRoot税理士法人 はぐくみ企業年金の解説
https://livroot.jp/articles/499 - 税理士事務所おき会計 はぐくみ基金と企業型DCの比較
https://oki-kaikei.com/hagukumi_dc/ - マウンティン はぐくみ企業年金の解説(費用)
https://sokei-401k.com/archives/1366 - 厚生労働省 企業年金・個人年金部会資料(選択制の整理)
https://www.mhlw.go.jp/content/10600000/001342953.pdf - 厚生労働省 標準報酬月額の上限の段階的引上げについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00024.html - 厚生労働省 企業年金・個人年金の拠出限度額の見直し資料
https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/001739467.pdf - 国税庁 法人税基本通達9-2-27の3(功績倍率)
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/09/09_02_07.htm
執筆:株式会社アクアライフ 代表取締役 茶谷清士/税理士と社労士の隙間を埋める手取り最大化コンサルタント
※本記事は一般的な制度の解説です。個別の税務判断は提携税理士、社会保険の手続きは提携社労士と確認のうえ実施します。