経営者向け

役員賞与で社保を下げるデメリット|将来の年金・傷病手当金・退職金への影響【2026年11月時点】

毎月の役員報酬を低くして、賞与(事前確定届出給与)で受け取れば社会保険料が下がる。そう聞いて興味はあるものの、「後から損をしないか」が気になっている社長に向けた記事です。

この記事では、この受け取り方で何が、どれくらい小さくなるのかを、将来の年金・病気のときの保障・家族に残る年金・役員退職金の4つに分けて、2026年11月時点の制度で数字にします。

保険料が下がる理由やしくみは、関連記事「役員報酬の社会保険料を合法的に抑える方法|事前確定届出給与のしくみと注意点」で解説しています。ここでは、その裏側にあるデメリットに絞ります。

結論:先にお伝えしたい3つのこと

  1. 小さくなるのは「年金」だけではありません。病気で休んだときの傷病手当金、万一のときに家族が受け取る遺族厚生年金、そして役員退職金の目安も下がります。
  2. いちばん金額が大きくなりやすいのは役員退職金です。損金にできる退職金の目安が下がるため、退職の時期が近い社長ほど、保険料の差より大きな影響が出ることがあります。
  3. 一方、65歳以降も働く社長には有利な面もあります。在職老齢年金で年金が止められにくくなるためです。年齢と引退の予定で、向き不向きがはっきり分かれます。

試算の前提

関連記事と同じ条件で比べます。年収はどちらも1,800万円です。

項目 A:毎月150万円×12 B:毎月10万円+賞与1,680万円(年1回)
健康保険の標準報酬月額 139万円(上限) 9.8万円
厚生年金の標準報酬月額 65万円(上限) 9.8万円
厚生年金の標準賞与額 なし 150万円(1回の上限)
厚生年金の対象額(年) 780万円 267.6万円

この受け取り方で、社会保険料は労使合計で年約206万円下がります(協会けんぽ富山支部・令和8年度の料率で、令和8年4月分から始まった子ども・子育て支援金を含む。40歳以上65歳未満の場合)。ここからは、その代わりに小さくなるものを順に見ていきます。

デメリット1:将来の老齢厚生年金が少なくなる

老齢厚生年金(報酬比例部分)は、標準報酬月額と標準賞与額の合計をもとに計算されます。日本年金機構は、平成15年4月以後の「平均標準報酬額」を、各月の標準報酬月額と標準賞与額の総額を月数で割った額と説明しています。賞与のうち上限(1回150万円)を超えた部分は、年金の計算にも入りません。

平成15年4月以後の計算式(平均標準報酬額×1,000分の5.481×月数)で目安を出すと、次のとおりです。

続けた年数 将来の年金額の減り方(年額の目安)
1年 約2.8万円
10年 約28万円

10年続けた場合、65歳から20年受け取るとすれば合計で約560万円です。同じ10年で、本人が負担する厚生年金保険料(会社負担分を除く)は約469万円少なくなります。年金だけを見ると「長生きするほど取り戻される」関係ですが、健康保険料の差は年金には反映されないため、損得は健康保険料も含めて比べる必要があります。ここでは税の影響を入れていません。

デメリット2:病気で休んだときの傷病手当金がほぼなくなる

健康保険の傷病手当金は、支給開始日以前の継続した12か月間の標準報酬月額の平均をもとに計算します。協会けんぽの計算例では、平均額を30で割って10円未満を四捨五入し、その3分の2(1円未満四捨五入)が1日あたりの額です。賞与は計算に入りません。

項目 A B
1日あたり 30,887円 2,180円
30日分の目安 約92.7万円 約6.5万円

さらに、協会けんぽは「給与が支払われている間は、傷病手当金は支給されません」としています(給与が手当金より少なければ差額を支給)。Bで休業中も毎月10万円の報酬を払い続ければ、手当金は支給されません。支給期間は通算1年6か月ですが、社長が長く休む場面での公的な保障は、ほぼないと考えておくべきです。女性役員の出産手当金も、同じく標準報酬月額をもとに計算されます。

デメリット3:家族が受け取る遺族厚生年金も小さくなる

遺族厚生年金の額は、亡くなった方の老齢厚生年金の報酬比例部分の4分の3です。在職中に亡くなった場合などは、加入期間が300月(25年)に満たなくても300月とみなして計算します(日本年金機構)。

仮に加入期間(300月以下)のすべてをAまたはBの受け取り方で過ごし、在職中に亡くなった場合の目安は次のとおりです。

  • A(平均標準報酬額65万円):年約80万円
  • B(平均標準報酬額22.3万円):年約27.5万円

実際には過去の報酬との平均になるため、差はこれより小さくなります。ただ、若い社長や、配偶者の生活を社長の収入に頼っているご家庭ほど、保障の不足を別の方法で補う前提で考える必要があります。障害厚生年金も同じく報酬比例で計算されます。

デメリット4:損金にできる役員退職金の目安が大きく下がるおそれ

役員退職金は、不相当に高い部分が損金になりません(法人税法第34条第2項)。「不相当に高い」かどうかは、業務に従事した期間、退職の事情、同業で規模が近い法人の支給状況などに照らして判断されます(法人税法施行令第70条第2号)。

この判断で実務によく使われるのが、「最終の月額報酬×在任年数×功績倍率」で考える功績倍率法です。法令に式が書かれているわけではありませんが、裁判例でも用いられてきた考え方です。

最終の月額報酬 在任30年・倍率3倍とした損金算入の目安
150万円(A) 1億3,500万円
10万円(B) 900万円

倍率や年数は説明のための仮の数字です。月額報酬が実態より低い場合に、ほかの考え方(1年あたりの平均額を使う方法など)が認められた裁判例もありますが、確実に使えるとは言えません。なお、賞与として払った額そのものも、不相当に高額かどうかの判断の対象になります(同施行令第70条第1号)。

退職金は、損金にできるかどうかと、受け取る側の退職所得の税の軽さが大きな意味を持ちます。引退まで数年という時期にBへ切り替えると、この効果の目減りが、保険料で減った額を上回ることがあります。

反対に有利になる面:65歳以降の在職老齢年金

65歳以降も役員として働くと、在職老齢年金のしくみで老齢厚生年金の一部が止められることがあります。日本年金機構によると、令和8年4月から、年金が減る基準額は月51万円から65万円に引き上げられました(令和8年度の額で、毎年度改定)。

止められる額は「(基本月額+総報酬月額相当額−65万円)÷2」です。総報酬月額相当額は、標準報酬月額に直近1年間の標準賞与額を12で割った額を足したものです。70歳以上の方にも同じしくみが使われます(保険料の負担はありません)。

基本月額15万円の場合 A B
総報酬月額相当額 65万円 9.8万円+150万円÷12=22.3万円
止められる年金(月) 7.5万円 0円

すでに年金を受け取れる年齢の社長にとっては、年金が減るデメリットよりも、止められずに受け取れるメリットが大きくなる場合があります。ただし、退職金への影響は年齢が高いほど重くなる点に注意が必要です。

制度面の注意:届出の縛りと、今後の見直しの可能性

  • 届出どおりに払えないと損金になりません。届け出た額より多くても少なくても、原則としてその全額が損金になりません。変更の届出ができるのは臨時改定事由と業績悪化改定事由(減額に限る)がある場合に限られ、国税庁は「法人の一時的な資金繰りの都合や、単に業績目標値に達しなかったこと」は含まれないとしています。
  • 年4回以上の支給は「報酬」扱いです。回数を増やすと、毎月の報酬と同じ計算になります。
  • 毎月の報酬の上限は上がることが決まっています。2025年の年金制度改正法により、厚生年金の標準報酬月額の上限は2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円へ段階的に引き上げられます。Aの保険料と将来の年金は、それに合わせて増えます。
  • 賞与の上限の見直しが議論されたことがあります。2024年11月の社会保障審議会医療保険部会で「標準賞与額の上限をどう考えるか」が論点として示されました。2026年11月時点で、上限を変える法改正は確認できていませんが、将来変わる可能性は頭に入れておくべきです。

届出の期限と流れは、関連記事「事前確定届出給与の届出期限はいつ?3月決算の例と、失敗しないための実務の流れ」をご覧ください。

どんな社長に向き、どんな社長に向かないか

状況 考え方の目安
40代・50代で、引退がまだ先 年金・遺族年金・傷病手当金が減る期間が長い。保障を別に用意できるかが条件
引退まで数年 退職金の目安が下がる影響が最も大きい。切り替えは特に慎重に
65歳以降も働き、年金も受け取る 在職老齢年金の面で有利になりやすい。退職金とのバランスを確認
従業員10人未満で業績の波が大きい 届出どおりに払えないリスクが重い。保険料の差も年収次第で小さい

今やるべきこと:判断の前に確認したい5つのポイント

  • 引退の時期と退職金の予定額:何年後に、いくらを受け取りたいか
  • 65歳以降も働くかどうか:年金を受け取りながら役員を続ける予定か
  • 病気・万一のときの備え:傷病手当金や遺族厚生年金が減る分を、ほかで補えているか
  • 賞与を約束どおり払えるか:過去3期の利益と資金繰りの波
  • 税理士さん・社労士さんと同じ数字を見る:税・社会保険・年金をまたぐ論点なので、片方だけで決めない

保険料の差だけで決めると、後から「損金にできる退職金が少ない」「休んだときの収入がない」と気づくことになりかねません。自社と社長ご自身の数字で、得と損を並べてから判断してください。

まとめ

  • 毎月の報酬を下げて賞与で受け取ると、保険料と一緒に老齢・遺族厚生年金、傷病手当金、損金にできる役員退職金の目安も小さくなります。
  • 金額の影響が大きくなりやすいのは役員退職金で、引退が近い社長ほど注意が必要です。
  • 65歳以降も働く社長は、在職老齢年金の面で有利になる場合があります(令和8年度の基準額は65万円)。
  • 向き不向きは年齢・引退の予定・家族の状況で分かれるため、税理士・社労士と連携して判断するのが安全です。

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面談はオンラインで全国対応です(北陸三県の方は、ご希望があれば2回目以降に訪問します)。顧問の税理士さんとの連携も可能です。一社ずつ時間をかけるため、お受けできるのは毎月5社までです。

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この記事の時点と注意書き

この記事は2026年11月2日時点の法令と公表資料にもとづいています。在職老齢年金の基準額(65万円)は令和8年度の額で、毎年度改定されます。年金額・傷病手当金・遺族厚生年金・退職金の数字は、制度のしくみを示すための概算です。実際の年金額は過去の加入記録や生年月日で変わり、税の影響も含めていません。個別の判断は、税理士・社労士と確認してください。

参考資料

  • 日本年金機構 在職老齢年金の制度改正について
    https://www.nenkin.go.jp/tokusetsu/zairoukaisei.html
  • 日本年金機構 在職老齢年金(用語集)
    https://www.nenkin.go.jp/service/yougo/sagyo/zaishokurorei.html
  • 日本年金機構 老齢厚生年金の報酬比例部分の計算
    https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/roureinenkin/jukyu-yoken/20150401-03.html
  • 日本年金機構 遺族厚生年金の年金額
    https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/izokunenkin/jukyu-yoken/20150424.html
  • 協会けんぽ 病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)
    https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/sb3040/r139/
  • 国税庁 タックスアンサーNo.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)
    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm
  • e-Gov法令検索 法人税法
    https://laws.e-gov.go.jp/law/340AC0000000034
  • e-Gov法令検索 法人税法施行令
    https://laws.e-gov.go.jp/law/340CO0000000097
  • 厚生労働省 標準報酬月額の上限の段階的引上げについて
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00024.html
  • 厚生労働省 第186回社会保障審議会医療保険部会 資料(2024年11月21日)
    https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001336300.pdf

執筆:株式会社アクアライフ 代表取締役 茶谷清士/税理士と社労士の隙間を埋める手取り最大化コンサルタント
※本記事は一般的な制度の解説です。個別の税務判断は提携税理士、社会保険の手続きは提携社労士と確認のうえ実施します。

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